脳の病気

くも膜下出血になったことのある方の体験談

男性
男性
休日に妻と一緒に出かけていたところ突然頭痛におそわれました。
元々片頭痛持ちでしたので今回もそうかと思いましたが、頭痛のレベルが普段と全く違いました。
そうこうしているうちに歩けなくなり、道端で少し休みましたがよくならず、意識を失いました。
そばに妻がおりましたのですぐに救急車を呼んでもらえたことと、幸いにも大きな病院がすぐそばにありましたので、すぐに先生に診てもらえました。

意識が回復したのは倒れてから2週間後です。
その時の記憶は私にはありませんが、妻の話によると、しばらく意味不明な言動をしたり意識がはっきりしなかったようです。
それから段々と意識を取り戻し、リハビリをして、社会復帰することができました。

女性
女性
バス停に座ってる時、頭が割れそうに痛くなって、そこで吐いてしまいました。
それを見た、周りの人が救急車を呼んでくれ、病院に運ばれ、くも膜下出血なのですぐ手術します。

それで、病院の人が家族に連絡してくれて、気づいたときには手術は終わっていました。
起きた時、医師にあと0.01ミリずれてたら死んでたよッて言われました。

私の場合は、動脈瘤が破裂して、そこをクリッピングという手術で止めるものだったそうです。
2日間は切った所なのか、頭が痛くて点滴に痛み止めが入っていました。
3週間で退院できました。

でも、その後も脳外科に1年に1回予約して動脈瘤ができてないかMRIをとって、診察するよう先生に言われているので、きちんと病院に行ってます。

男性
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発覚したきっかけ:自宅で車の雪下ろし作業をしていて、頭が痛くなってから覚えてないですが、発見者からは車の隣で倒れていて発見され、救急要請されたとのこと。

闘病中:なんだかよくわからないですが、気づいたら病院にいて、月日や年齢やリハビリをしていることもわからなかった、周りの人から言われても覚えていない。
今もまだ、治っているとは遠い状態です。

ごはんもやわらかいものを作ってもらい、近くの病院へ飲み込み検査をしにいくことがある。
また再発しないように薬をもらって飲んでいるが、自分で管理はせず他の人にやってもらっている。
血圧は、自宅ではかってみている。

時々、夜にトイレにいくときにふらふらするときがあって前に倒れこみそうになるときがある。
孫がかわいいことが今の生きがい。

男性
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私ではありませんが、父が20年前くも膜下出血にかかりました。
自宅でトイレでようを足していた最中に突然頭痛に見舞われ、動けなくなってしまいました。

何度も嘔吐を繰り返し止まらなくなったため救急車で近くの救急病院へ搬送されました。
CTでくも膜下出血と診断され集中治療室に入院し、すぐに緊急手術を行うこととなりました。
くも膜下出血の中では軽い方であったため手術は無事終了しましたが、はじめの2週間は脳血管れん縮という脳の血管が細くなる病気が発生しやすく、それで重症な脳梗塞になることがあるので注意が必要と説明されました。

翌日からリハビリと食事が始まりましたが、あまりに頭痛がひどく何も手につかない様子で母もかなり動揺していました。
毎日お見舞いには行きましたが、集中治療室であまりずっとは付き添いができず看護師さんにすべてお願いするしかありませんでした。

1週間位してからだんだんと落ち着いて話しもできるようになりましたが、とにかく頭痛とだるさで何をしようとしてもすぐに疲れてしまい見ている家族としても今後の事が不安でした。
半月してからようやく一般病棟に出ることができ、その頃には点滴もなくなりリハビリが中心の入院生活でした。

手足の麻痺は残りませんでしたが、記憶や言葉が出づらくなったり、単純な計算に時間がかかったりしましたが、1ヶ月くらいリハビリを続けてから、もう退院しても良いでしょうとのお話があり退院しました。
しばらくは会社を休んでいましたが、その間も自分が思ったことがうまく伝えられずイライラしていましたが、くも膜下出血になって2ヶ月後にはほとんど元通りになり会社にも復職しました。
くも膜下出血になると寝たきりになることが多いことを後から知りましたので、ここまで回復したのはとても幸いでした。

男性
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ある日の朝、家族で朝ごはんを食べていました。
すると孫が私を指差して「おじいちゃん、牛乳こぼれてるよ。」と言いました。
私はこぼれてるのが分からなくて下を見るとテーブルが牛乳だらけで、家内に口から出てると言われてもわかりませんでした。

すると、みるみる呂律がまわらなくなり右手が言うことを聞かなくなってベルトを締めることさえできなくなりました。

近所に病院があったので直ぐに向かい検査、点滴の治療と直ぐに受ける事が出来たので幸い言葉も問題なく、リハビリも3週間受けただけで歩く事にも不自由しませんでしたが右手の感覚だけは鈍いままでした。

特に親指と人差し指が不自由で箸を持つのが大変でした。
退院してからも右手のリハビリを自己流で続け今は箸を使えるようになりました。

女性
女性
夫と外出していた時に、頭が痛くなって来て、
少しすると気持ち悪くなって来て、椅子に横になっていたんですが、全く改善する事なく、
酷くなっていくだけだったので、夫が慌てて救急車を呼んでくれて、病院にスグ搬送。

救急車に乗ってから、どんどん意識が遠くなっていきました。

そのまま入院して、手術しましたが右脳側に瘤が出来ていたので、左半身に麻痺がでてしまいました。

高次脳障害も起こり、リハビリで半年後には足は何とか動かせるようになりましたが、未だに左手は固まっています。
右利きなので、大概の事は出来るのですが、主婦でしていた事が、今は殆ど出来ません。

夫に迷惑を掛けて、負担も掛けているので、これからも自主リハビリなどで頑張って元の状態に近づけるように頑張ります。
闘病中はオムツを履かなければいけないのが、苦痛でした。蒸れるし、暑いし。

だけど気付くと排泄してしまっていたので、仕方なかったです。
今は、少しずつ、少しずつ左手の麻痺が取れるように、リハビリ頑張ります。

女性
女性
3年前の冬の朝になりました!寝ていて起きた所、足のフラつきがあり、目眩と吐き気がしました。
朝ご飯の支度をしようと思いフライパンを持とうとしても落としてしまいます。その後は倒れてしまい記憶がありません。

異変に気づいた主人が直ぐに救急車を呼んでくれて病院に行きました。
くも膜下出血との診断で直ぐに手術をしました。

その後三日間意識不明でずっと私は寝ていたみたいです。
血圧も高くて中々下がりませんでした!

手術から2週間後からリハビリをスタートしました!
初めは歩く事も出来ませんでしたし字を書く事も出来ませんでした。
だいたい1ヶ月後くらいに退院しました!リハビリは2年間通いました!
今では歩けるし字も書ける様になりましたが口の麻痺が少し残っています!

女性
女性
学生の頃、外傷性くも膜下出血を経験しました。
バイトの帰り際に自転車で道に出たところ、直進してきたバイクと衝突して、そのはずみで後頭部からアスファルトに落ちてしまいました。
頭を強く打っただけだと思ったので、フラフラしながら自宅まで帰りましたが、吐き気がものすごいので病院へ行き、CTを撮ってもらうと大きな病院へ救急搬送に。結果、外傷性くも膜下出血と頭蓋骨骨折という診断で即入院することになりました。

入院中は動くのにも頭がズーンとする感じで、トイレに行くのもしんどいうえ、ほとんどを車いすで生活しました。
手術などはすることがなく、点滴と痛み止めの座薬、そして安静にしておくことを先生からは支持されて、ただただ自然に治癒するのを待った形です。
今では特に何の支障もなく生活できています。

何がいちばん辛かったかと言うと、外見上はぱっと見何ともなかったので、周りの入院患者の人から「なんであんなに若いのに車いすに乗っているのか」という言葉でした。

こんなにしんどいのに、と悔しかったのと同時に、よく考えると自分も重大な症状が出ているのに、事故が起きた時に気がつけなかったことを反省しました。
このことを通じて、頭痛の他に吐き気など、いつもと違う症状が出た場合はすぐに受診するほうが良いと身をもって体験しました。

男性
男性
発覚したきっかけは、激しい頭痛が起きて、救急車で病院に運ばれ、検査をしたら出血していたのがわかった。
前日から軽い痛みは感じていたが、大して気に留めず放置していたが、当日野球をやっていて転倒して頭をぶつけたのをきっかけに激しく痛み出した。
病院で検査後は手術を行い、出血した血液を除去した。出血時に多少脳の損傷があったため若干の後遺症が残ったが特に処置は不要だった。

手術後、2週間ほどで退院し、その後通院しててんかん防止の薬を約10年服用した。
脳に損傷があったため、しばらくはてんかん発作が起きる可能性があるとのことだった。
実際に退院後3年間の間に薬を飲み忘れたときなどてんかん発作が起こってしまったことが3回あった。
その後、飲み忘れの無いように心がけて薬を飲み続け、発作が起こらず合計10年間経ったところで、医師と相談し服用を止めた。

男性
男性
私のくも膜下出血が発症した原因は高血圧状態が慢性的に続いたことによる血管の破裂です。
就寝前に今まで経験したことのない頭痛に襲われ、意識がもうろうとしてきましたのですぐさま救急車で病院へ向かいました。
手術後の入院当初は頭痛が続いていましたので、鎮痛薬を服用して対応しました。

私の場合は脳に後遺症が残らなかったため言語障害等はなく、闘病中は主にリハビリを中心に適度な運動を行いました。
担当医の方はくも膜下出血が発生してからすぐに救急車を呼んだことが後遺症が残らなかった要因とおっしゃっていました。
今回のくも膜下出血の発症を機に、少しの身体の異変でも我慢や放置をしてしまうと生命の危機に至ることを痛感しました。

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