脳の病気

アルツハイマー病になったことのある方の体験談

アルツハイマー病になったことのある方、家族の方の体験談です

女性
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母が8年ほど前に若年性アルツハイマーと診断されました。最初は、職場の人間関係で悩んでおり、鬱病を疑ったのですが、そのうち誰かが家に入って勝手にいろんな物を持ち出しているとおかしなことを言うようになり、これは鬱ではないのではと近くの病院へ連れて行ったところ、若年性アルツハイマーと診断されました。

治療をすぐに始めたこともあり、おかげさまで進行もそれほど進んではいません。日常においても炊事、洗濯等普通にこなせています。病院の先生に治療は早ければ早いほどいいと言われ、診断後すぐに治療を始めたのが良かったのかなと思っています。

もしご家族のなかに最近様子がおかしいなと感じる方がいらしたら、すぐに病院で診察してもらうことをおすすめします。

女性
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アルツハイマー病が発覚したのは物凄い暑い8月に外で2時間ほど農作業をしてその時に転んでしまい右大腿骨を骨折してしまい金具を入れる手術をして手術も成功し治ってきたところでベットから転落してしまい検査したところアルツハイマー病と診断された。

アルツハイマー病と診断されてからは物忘れなどが日を増す事に多くなっていき、自分で立つこともだんだ困難になりトイレに行けずオムツになり家では介護できなくなってしまい老健に入所していたが老健は年2何日か自宅に帰らなくては行けないためそれが出来ず現在有料老人ホームにて過ごしてます。

今現在の病状は日中トイレ、夜間オムツ 食事はミキサー食を食べ家族のみ判別できます。家族以外はみんなおかあさんと呼んでしまいます。ですが今も元気に過ごしており、会いに行くと飛びっきりの笑顔をみせてくれます。

女性
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周りにもよくしっかり者だと言われていた祖母が、だんだんと物忘れがひどくなり本人も頭の中がぐちゃぐちゃすると言うようになりました。当初は、年齢による軽い物忘れだろうと家族も簡単に考え、かかりつけ医の大丈夫だという言葉を信じ何も対処しませんでした。

ですがある日慣れた道に迷い警察に保護されてしまい、警察で支離滅裂な事を話す祖母を見てこれは病院にいかなければと急いで福祉センターに駆け込みました。
まさか身内がアルツハイマーになるなんてと、この世終わりかのような気持ちになりましたが、社会福祉士の方に適切なケアを行っていけば進行は遅くする事ができると教えてもらいとても救われました。

アルツハイマー病で不自由なことは増えましたが、進行を遅らせてでできることを変わらずする事は可能なんだと分かり、家族や周りの理解で乗り越えていけるのだと知りました。

男性
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自分ではないですが自分の母親がなりました、今ではよくなって元気に暮らしてます、まず最初に発覚した経緯についてなんですが母親は普段明るくて元気な方なんですがふとある日に独り言を言うようになりましたその時はまあこうゆうこともあるよなってその時は思い放置してました、その夜に母が一人で壁に向かって怒っているのを見てなにか精神疾患なのではと思い病院に行きました、そこでアルツハイマー型認知症だと診断されそこから闘病生活をしてました治療中はほんと大変でした、母は一人で怒ったり、自分を傷つけたりして目もはなせないくらい大変でした、外に出ても自分が誰かに狙われてるだの殺されると叫んだりとこれが約五年半続きました。

ですが5年半経ったときにやっと母は自分が病気なんだとわかってくれてそこからの回復はあっという間でしたそして今では完治して元気に暮らしております。

ほんとここまで大変でしたが完治するきっかけはふと訪れるんだと思いました、時間はかかりますがずっとそばで支えてあげると自分は病気なんだと気づいてくれるんだと自分は思いました。自分の体験談は以上になりますが症状など人によって違うと聞きましたこの記事が参考になればと思います。

男性
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じぶんは現在でありますが32歳の男性会社員をおこなっております。じぶんの姉でありますが、過去にアルツハイマーになったことがありました。姉とは年齢が12離れており、自分が幼少のときなどは非常に頼れる存在でありました。性格なども非常に気品に満ちていたのですが、3年前に様子がおかしくなってしまったのです。

具体的に言いますと、時間を認識できなくなりました。夕暮れと夜明けを区別できなくなり、それで夕方であったも、じぶんや近所の方に「おはよう」などと挨拶をしておりました。ふざけるような様子もなく、病院に連れて行き、それで軽度のアルツハイマーと診断をされました。そこで病院に通いながら、トレーニングを重ね、現在では完治をしております。アルツハイマーには特効薬などがなく、それで早期発見をして、それを改善させるためのトレーニングが必要です。

女性
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当時70代前半だった祖母は、最初は料理の味付けを失敗したり、お金を異常に心配してました。特にお金には神経質となり、夜中でも離れて暮らす娘(私の母親)に連絡をして来ては、他の娘じゃないかと怪しんで居ました。取って居たわけではありません。財布にいくら入ってたのか、忘れてただけなのです。
そして、「怪しい人が居る」と言う1本の真夜中の電話で暮らしは一変しました。離れてる為、県外から祖母宅の最寄りの警察署へと連絡して出動して貰いました。またしても他の娘を疑う為、警察の方に連絡を取って貰うと、喧嘩になってしまい、面倒は見れないと、こちらで一緒に暮らす事になりました。
けど、それはかえって病気を進行させたのかも知れません。我が家に来てからはひ孫も居り、楽しそうだけど口数が減ってしまいました。また、出不精になった為か、「○○(ひ孫)はいくつか」と繰り返したり、昼夜の逆転が始まりました。曾祖母もアルツハイマー病でしたので、同じ状況になって来た為、病院に連れて行く事を決心。でも、遅かったのです。ベッドから落ちて肋骨が折れてるのにも関わらず、痛みすら感じなく、これ以上は自宅では難しいだろうと言われてしまい、プロ(介護施設)へお任せする事に。要介護認定されたのです。

わかるのはただ1人、私の母親だけ。介護士さんを孫でと間違えたりもしてました。でも、ふとした時に思い出して名前を呼んでくれる。それがせめても救いで、最期まで会いに行ける日は顔を見に行けてた思います。
発症年齢は人によって違います。少しでも変化を感じたり、不安がったり怒ったりと情緒不安定が看られたら、受診をおすすめします。相談センターでも大丈夫です。サインを見落とすと、治る見込みはありません。お世話をする事も出来ませんでした。
どうかご本人だけでなく、ご家族の皆さんも後悔ないようお過ごし下さい。小さなサインが、克服への道だと思い、信じています。

女性
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祖母が晩年に発症しました。典型的な症状が出て、同居の叔母に、お金を盗んだだろうなどと言うようになり、生活も困難になって、亡くなる間際の数年間は老人ホームでお世話になりました。それでも祖母はゆるやかなほうで、意識があるころは、お手洗いなんかもちゃんと自分で出来ていました。私は特にかわいがってもらっていたのですが、自分の結婚が決まったのが祖母がボケてからだったので、祖母は覚えられず、結婚の報告をしてお相手がどんな人で、という説明をひとしきりしたあと、またそっくりな会話をすることが述べでは何百回にもなりました。

でも希望としては、アルツハイマーとはいっても何も覚えられないわけではないことで、根気よく説明を続けたらあるときから、「子どもはまだなの?」に話題が変わりました。接する方も希望を捨てないことなんだなと思いました。

女性
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私の祖母の話です。私は当時、30代でした。祖母が80代を超えてから、物忘れがひどくなり、最後には自分の息子である私の父の事も分からなくなりました。
この期間は、最初、祖母は物をどこに置いたか分からない程度の事から始まりましたが、ひどい時にはやはり、「お金が盗まれた。」というのです。しかし、私の叔母たちが見つけるとベットの下に直し忘れだったとかいう事がしばしばありました。
往診を受けていた祖母は、医師から「一度、検査した方が良い」と言われ、そこで、痴ほう症だと叔母や叔父、私の両親も思っていたのですが、「アルツハイマー」と診断されました。

叔母は、入院した祖母のベット際に書かれた「病名:アルツハイマー」というのを見て、ナースステーションに抗議したと聞きましたが、今は、分かりませんが、当時20年位前は「痴ほう症」では病気と認められなかった為、入院は出来ないと後から聞きました。
そんな祖母も何も分からなくなってしまったので、良かったのかもしれません。祖母の一番、自慢の息子であった私の父に看取られて94歳の人生に幕を閉じました。
若くしてなる、「若年性アルツハイマー」とは少し違うかもしれませんが、そんな祖母の事をたまには思い出してみようかなと今は思います。

男性
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身内がアルツハイマー病と診断され、家族として代筆しております。2年前 始まりは、実の弟が亡くなった事がきっかけだったように思います。家族は日々 物忘れなどの様子の変化を見守ってはいましたが、健康診断を受けた際に看護師より精神科受診を勧められました。精神科受診し、進行を遅くする薬を処方されました。
物忘れは、日常茶飯事。毎日の様子にムラがあり、正常な時はとても立派な行動をします。しかし、ダメな時は
意味もなく ウロウロ歩き回ったり、意味不明の言動をしたり見守りが必要になります。

決定的 事故は一年前 車の運転はまださせていたので
孫を送迎した帰り、単独事故でしたが、車が回転し逆さまになった状態で見つかり 怪我はありませんでした。その時の記憶が全く無いと言うのです…これからは、車の運転を極力させないようにしています。内服している薬の副作用もみられ、薬を変えてもらいました。最近は、顔に火傷を負いました。夜間、トイレの場所がわからなくなる。被害妄想が酷い。怒りっぽくなった。
進行が早いような気がしてなりません。介護認定を受ける予定です。

女性
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※祖母がアルツハイマー病と診断されていました。
10年前に祖父が亡くなり、その後から突然泣き出したり怒り出したり情緒面が落ち着かないことが多くなりました。最初は、50年以上連れ添ったパートナーを失くすことは大きな衝撃なんだな程度に家族は思っていました。けれど、「嫁がご飯をくれない」「お金を置いて置くと孫にとられる」とか起きてもいないことをご近所に話すようになり、これは変だなと病院へ行きアルツハイマー病と診断されました。

診断後は祖母の納得できない言動も家族は受け止めることはできましたが、これからどうなってしまうんだろうという不安は大きかったです。まだ80才前でしたので足腰はしっかりしており、自分で出かけることができました。けれど、戻ってくることができないことが多発したため名前、住所、電話番号が入った少しお洒落なプレートを作成して首にかけてもらっていました。実際にそれが役立ち警察から連絡をもらえたこともあります。
アリセプトという薬も飲んでいましたが、効果は全く感じませんでした。でも、飲んでなかったらもっといろんな症状が出たのかなぁ・・・とは今は思います。

少しずつ気力が落ちてきたと同時に足腰も弱くなり、飲み込みが悪くなってきたかな?!と思ったら誤嚥性肺炎になり呆気なく亡くなってしまいました。

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