脳の病気

レビー小体型認知症になったことのある方の体験談

レビー小体型認知症になったことのある方、そのご家族の体験談

男性
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祖父が患いました。何かがきっかけというよりは、高齢になって誰もが何かの病気になるうちの1つというような感じで発症しました。

良いお薬に出会うまでは、夜に幻覚が見えてしまい、悪い人が侵入してきたと思い込んで戦いを始めてしまうので、一緒に暮らしていた祖母は困ったそうです。

時には祖母や、泊まりに行った母を敵と間違えてしまい、あわや暴力になりそうだったこともあったようです。昼間は、少し話が噛み合わないとか、ずいぶん物忘れをするようになったな、と思わせるところはありましたが、普通のおじいさん、といった感じでした。

お薬が効くようになってから、記憶力などが戻るところはなかったものの、夜はきちんと寝てくれるようになりました。

女性
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同居している88歳の祖母がレビー小体型認知症を煩っており、現在闘病中です。80歳くらいの頃から物忘れ、夜中の独り言、被害妄想などの症状が出始めました。家族としても初めての経験で、どう対処したらいいのか分からず途方に暮れました。病院に行こうと説得するも、本人は「自分は病気じゃない!」と怒り出し、家族に対してつらく当たるように……。それでもなんとか宥めすかして病院に行き、レビー小体型認知症だと診断されました。認知症に種類がある事を知ったのもその時でした。
祖母の場合は幻視の症状が強く、衣文掛けを見て知らない人がいると騒いだり、壁紙の模様が何か別のものに見えるらしく、とても怖がったりしました。そこで、まず祖母の部屋の模様替えをし、なるべく物を置かないようにしました。壁紙は無地のものに変更しました。そして部屋の照明をLEDライトに換え、昼間でも電気を点けたままにしています。部屋が明るい方が幻視が出にくいと聞いたからです。
今はお薬での治療を続けていますが、本人が「自分は病気ではない」と思い込んでいるため、素直に薬を飲んでくれません。なので食事(お味噌汁やスープ)に混ぜてお薬を飲ませている状況です。徘徊がないのが唯一の救いでしょうか。これからも治療を続けていくしかありません。

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男性
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80代祖母がレビー小体型認知症です。レビー小体型認知症を発症したきっかけは、祖父の死でした。なんとなく始まってきたのかなと思っていたのですが、日常に支障はありませんでした。

しかし、祖父の死以降、孤独を感じたのか趣味だった畑仕事に出て行かなくなりました。闘病中は、幻視が見えて、その幻視と話したり、その幻視に物を取られて大騒ぎしたりもありました。また、日中はデイケアに行っていましたが、デイケアの日は昼間まで気を張っていたせいか、夜に混乱が起きるようになり、夜中に帰らなきゃいけない、と自分の家から出ていこうとすることもありました。お薬を飲むと幻視が落ち着き、穏やかに過ごすこともできました。しかし、飲みすぎると体への負担もかかるので、薬の使い方が難しく感じました。

男性
男性
今は亡くなってしまいましたが、祖母がちょうど、レビー小体型認知症の診断がついておりました。
私は祖母のキーパーソンではありませんでしたが、キーパーソンの母からよく話を聞いていました。
認知症として診断を受けるまでの経緯として、祖母が近所の家に「ドロボウにはいっただろう」と怒鳴り込んでいくようになり、警察沙汰になることが多くなってきたということがありました。

当時は、認知症ということは微塵も思っていなかったのですが、あまりにも続くようですし、支離滅裂な説明を祖母から聞くこともあり、母と相談して認知症になったのではないかと疑うようになりました。そして、近所の精神科に連れて行くことになったのですが、そのような人にいきなり病院に連れて行くと言うと抵抗されることがあるという話をよく聞いていましたし、職業柄、そうなるだろうと予想はついていたので受診する科は伏せて連れて行きました。そこでも一悶着あったようですが、診断を受けて、母がほっとしていたのを覚えています。投薬中心でしたが、やはり症状は抑え切れるものではなく、時にせん妄や幻聴、それに対して反応する独語など症状はありました。祖母は治りきることなく肺炎で他界してしましましたが、現在も介護を続けているご家族のことを思うと応援したい気持ちになります。

男性
男性
私は、まだ40代です。仕事がいそがしく、毎日、終電にのるか、乗らないかの忙しい、日々を過ごしておりました。終電に乗れないときは節約のため、ネットカフェに寝泊まりしたものです。だんだん、眠れなくなってきました。会社で仕事をしていても、物忘れが、あることが増えてきたのです。

だんだん、仕事の段取りも悪くなり、成績はおちていきました。寝ているとなんだか、幻聴のような、わけのわからない、音まできこえるようになったので、医者に行くことにしました、医者に症状をいってみると、一度脳のMRIをとってみましょうといわれ、とってみると小体型認知症といわれました、私は、え?というかんじでした、お年寄りが鳴る病気だということだからです。現在は進行をおくらせたり、アルツハイマーの薬がきくかもしれないと飲んでいます。これ以上進行しないことを願っています。

女性
女性
実母がレビー小体型認知症と診断されました。現在、闘病中です。
数年前、実母は転倒により大腿骨骨折、三ヶ月ほど入院しました。リハビリにより再び歩くこともできるようになり、安心していたのですが、転倒から1年ほど経って言動がおかしくなりました。「家の中に女の人がいる」「その人は夫の浮気相手」「男の人が複数出入りしている」など。一緒に暮らしている父のことも「誰か知らない人」と言い出し、「知らない人があれこれ言ってくる」と興奮、終いには父の靴を切り刻む始末。父がまいってしまい、急遽帰省し、包括支援センターに連絡しました。その日のうちに、保健師さんが訪問してくれました。
私が遠方に住んでいることもあり、高齢の父母二人暮らし、特に母の妄想をぶつけられる父が正気を保っていられるか心配でした。そんな中、保健師さんの存在は大きな力となりました。

母の言動や、父の精神状態を気にかけてくれ、私がなかなか帰省できないときもこまめに訪問し、二人の話を聞いてくれました。介護認定、認知症の専門機関受診などについても助言をくださり、高齢の父母にとって、介護保険制度などわかりにくい仕組みを理解することができたようです。
言動からレビー小体型認知症の疑いが濃厚でしたが、転倒時に頭部を打っていたこともあり、脳障害の疑いも捨てきれませんでした。専門機関の受診でレビー小体型認知症と診断され、現在は服薬で症状を落ち着かせること、遅らせること、また介護認定を受け、要介護1と判定されたことで、デイサービスの利用により父の休息を少しはとることができるようになっています。
日によって症状の変動が激しいので、心配は続いています。完治はないものと考えていますが、同居の父がまいらないように、以前よりはこまめに連絡を取るように努めています。

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