肝臓の病気

C型肝炎を患った方の体験談

女性
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私は若いころ後先考えずカッコいい、自分を強く見せたいという安易な理由で体にピアスを開けて刺青を入れていました。
ピアスは主に耳と顔、ヘソや首と言ったファッションピアスではなくボディピアスを開けていました。
どちらが原因であるのか分からないのですが、恐らくこの2つのどちらかでC型肝炎になっていることが去年わかりました。
落ち着いた年になり急にC型肝炎という言葉が気になり、自分から検査をして発覚し飲み薬で治療を開始しました。
治療はインターフェロンフリー治療というもので、ウイルスの増殖を抑える薬で、C型肝炎ウイルスの排除するものだと聞かせられました。飲み薬のみの治療ということで大変ではありませんが半年はこの薬を飲み続けなければならないです。
現在も治療中ですが、私は検査する前でも自覚症状がなかったので治療中の今何か体に不調が見られるわけではないので、早めに検査しといて良かったと思っています。
男性
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小学生の頃に、肺の手術を受けました。その時の輸血にC型肝炎の菌が入っていたそうです。感染していたことがわかったのは社会人になってからです。確かに健康診断なので肝臓の数値が異常値になったりしてましたが、実は値が変動するという変な事になっていたのです。私の場合は、肝臓のどこかにのう胞上に菌の固まりがありそれが動いたりそのままだとこのような検査結果になると言います。ほんとかなと思いました。
それよりか、C型肝炎だということがわかると周りに方からバイ菌扱いで、就職面接などで空気感染がないことを証明する書類を出せとも言われました。その時期は、C型肝炎にに関する情報がとぼしく感染をする!と位置付けられていましたから医者もC型肝炎ですというとそりゃう大変だと別の医者に行ってくれと言う医者もいました。
だれにすがればいいのか!このまま苦しんで死ぬのか!?と早く死にたいと何度も思った事があります。

やっと薬ができたよ!と肝臓専門の医師から言われました。以前に、亡くなられましたが私が小さいころから主治医となられていただきました医師が必ず将来治る薬ができるから今は治療しない方がいいと言われたことを両親が守りきたことが報われた事ですね。苦しかったこともありましたが今は晴れて完治したわけですから思い出ではなく同じ境遇の方に差別をせず対応したいものです。

女性
女性
C型肝炎を患ってから1年になりました。若いころ貧血を起こし点滴を打ったことで感染してしまい、C型肝炎と診断されるまでに5年後にきずいたのです。
初期の頃は全く症状はなく、健康そのものだったのですが、年のせいかお酒が弱くなってきて、人間ドッグに入った時の事でした。
診断結果は5段階中の3番目で、そのままにしておくと、肝硬変か、肝臓がんで亡くなることを告げられました。
風邪や、黄疸のように目に見えることがないので、症状には出ていなくて自分では見つけることができないのです。
若いころ無理してきたことが今になって自分を苦しめています。
インターフェロンと言う薬を飲めば、ほとんどの人が治る病気と聞いたので、気はまぎれましたが、これからはお酒を控えて自分を大切にしたいと思います。
男性
男性

50台に入った頃です、胃の調子が悪くお酒を飲むと胸やけがしやすくなったと感じた時病院に検査に行ってみました。
結果はC型肝炎ウイルスに感染していることを聞かされました。
それまで体を動かす仕事をしていたのが、役職に就いたことで、体を動かさなくなって代謝が悪くなったからだと思っていました。
ですが原因は違う所にあったようで、30年前に交通事故を起こした時、たくさんの輸血をしました、その時C型肝炎を貰っていたようです。
C型肝炎はすぐに出る病気ではなく体内に蓄積していく病気と聞きました。

それから間もなくでした、肝硬変になったのは。
まだ早期発見でしたので、すぐには命にはかかわらないだろうと言われましたが、一切のお酒を禁止されました。
長生きしたいので、好きな事を諦め、病気と闘っています。

女性
女性
自分がC型肝炎を患っているとは、夢にも思いませんでした。きっかけは、転職をきっかけに健康診断を受けた時の採血でわかりました。
医療機関への転職だったので、重要な項目でもありました。医者から「C型肝炎の疑いがあるね。一度詳しく調べてみたほうがいい」といわれました。
その時に輸血の経験を問われ、思い返してみると中学時代に大けがをして輸血が必要になった時があり・・もしかしたらそれが原因だったのかもしれません。
その後、日を改めて検査をしてみると陽性反応がやはり出てしまいました。こうなっては医療機関への転職どころではありません。
病院の先生からは抗ウイルス剤の服用で負担も少なく治すことができると話がありました。正直、何がなんだかわからない状況だったので、先生のことを信じて薬の服用をスタートさせました。そしてウイルスを排除することができ、肝癌のリスクも減らすことができました。
今になって思うのは、もし転職を考えてなかったら・・・この病気のことにはまったく気づかずに過ごしていたんじゃないかと思うのです。
知らずにいることの方が怖い、そう思いますね。
男性
男性
私は、C型肝炎を完治しました。正直、新しい薬ができなければ死ぬだろうと思って52年間生きてきました。小学生の時の手術の時に感染したといいます。確かに治療のチャンスはありました。今の自分がきちんと生活できるのは、亡き主治医だと思います。「おかあさん。今はだめです。薬がきつすぎる。息子さんに投与すれば、将来は障害者になる可能性がある」両親は、医師の話を実行してくれたおかげで完治した私がいます。私は、C型肝炎ですと就職面接で話すと中には、人間と扱えない!なんで、ここにいる。入院仕手色!塩をまけ!とバイ菌のような扱いでした。完治した事で私は逆にC型肝炎の患者をはげましています。「だいじょうぶ。今の薬は完治できるよ。今の自分がそうだから」あなたの味方ですよ。と色々な患者さんにお話しさせていただいています。
女性
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6年前会社が実施してくれている健康診断で引っかかり、再検査してC型肝炎が分かりました。早い段階から治療した方がいいと言われてベッドが空くのを待って入院しました。現在はCMなどでも飲み薬でC型肝炎が治せると言われていますが、当時はインターフェロンの治療が主流の時代。10日間入院して、高熱と吐き気、ダルさにうなされ、やっとの思いで治療を終えて帰宅しました。が、私の持っているウイルスはとても頑固で強いヤツらしく、あんなに苦しい思いをしたのに結局ウイルスは無くならず。未だに定期的な血液検査をしていますが、ウイルスの数値は微妙に残って反応しています。先生曰く、いいお薬が出た、と仰いますが、金額が保険適用でもべらぼうに高く、パートの主婦に賄えるものでは有りません。ウイルスと付き合っていくしか無いのか…と諦めています。
女性
女性

10年ほど前に、治療を受けました。当時は現在のような薬だけの治療はなかったので週に1度の注射とペガサスという薬の併用で直しました。インターフェロンという治療です。癌治療と同じようなひどい副作用があると聞いていましたが、私の場合は注射初日に40度の熱が出ただけで、その後は特に副作用もなく順調に治療が進みました。

私の場合、もともとウィルスの数が少なかった為に、薬の量が少ないから副作用も少なかったのかもしれません。治療は1年ほどかかりましたが、その間は禁酒禁煙を続けました。仕事も普通に出来ました。治療の終わりの目安は、体の中のウィルス量の数値がなくなったからという事でした。その後、半年後の検診を行い治療はすべて終わりました。しかし人間ドッグに行くと今でも血液中にC型肝炎の履歴が残っているようで、毎回詳しい再検査をさせられます。今の所、異常なしと手う事なので再発はしていないようです。

男性
男性
私がC型肝炎だとわかったのは、20代後半でした。確か病院での採決の時だったと記憶しています。その時は「ああ、献血いけないや」ぐらいにしか思っていませんでした。その後20年ほどは特に気にも止めておりませんでしたが40歳を過ぎた頃から異様なだるさを感じるようになり、病院へ行って検査してもらうと、肝臓に関する数値が相当高めで、すぐ治療をはじめましょうと言われました。治療はインターフェロン注射と飲み薬の併用で、最初の2週間は肝生検や副作用の出具合などを見るため入院しました。退院後は1週間に1度の1注射と毎日の飲み薬を1年間続けました。その間、注射後の副作用としてひどい倦怠感と発熱に悩まされました。1年間続けた結果、ウイルスは消滅し、現在も再発しておりません。

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